起業のきっかけ
小さい頃から食べることが好きで、もし生まれ変わることがあったら料理人になろうと思っていました。地元、金沢の大学を卒業後、東京の大学院へ進学。1年間の留学を経て、卒業後はベトナムで教育コンサルタントとして働いていました。大学院で出会った妻とは当時から交際していましたが、結婚を考えたときにベトナムでの生活を続けることは難しいと感じ、日本に帰国して結婚。その後は東京の人材会社に就職し、再び会社員として働き始めました。
2020年、最初の子どもが生まれ妻が産休に入ったタイミングでコロナ禍に。会社や友人、実家とも離れ、幼い我が子と二人きりで過ごす日々に、妻の裕子は「社会から切り離されたような感覚を覚えることもあった」と言います。私自身も、コロナの影響を受け、仕事量が激減。何のために働き、何のために生きるのかを考えるきっかけになりました。その時に強く思ったのは「価値のある人間になりたい」ということ。そう考えたときに思い浮かんだのが、今のお店の原点でもある「暮らしの旨味がぎゅっと味わえる空間を提供したい」ということでした。人と話すときや食事をするとき、物を買うといった日常の中に、ささやかな豊かさや幸福をプラスできる場をつくりたいと思ったのです。

東京で会社員として働いている中、未経験の飲食業にチャレンジしたい、と妻に話したところ、あっさり「いいんじゃない」と一言。妻も、もともとコミュニティづくりに関心があり、むしろ前向きに背中を押してくれました。
まずは、調理の経験を積むために、都内の服部栄養専門学校の夜間調理師学科へ入学。昼は会社員、夜は学校に通う生活が始まり、帰宅は22時を過ぎることがほとんどでした。 並行して物件探しも開始。妻の実家がある千葉県で探してみたものの、価格や広さの面でなかなか希望に合う物件は見つからず。そこで、20年以上過ごした地元、金沢も新たな候補地として加えることにしたんです。金沢で飲食店をやるなら、ゆったりとした時間が流れる「金沢らしさ」を取り入れたいと思い、金沢町家を中心に探し始めました。そうして出会ったのが今のお店です。金沢駅から10分ほど離れた住宅街にあり、浅野川沿いに面した窓からは、川を眺めながら食事もできます。また、自然を生かしたワークショップの開催もイメージできました。もともとの家主が割烹を開いていたこともあり、随所に残る意匠を凝らした造りからも「金沢らしさ」が感じられ、ここでお店を開きたいと思いましたね。2022年には、お店の事業計画をもとにISICOのビジネスプランコンテストに応募し、地域活性化賞を受賞。その後、いしかわ移住支援金を活用して2023年に金沢へ移住し、6月にお店をオープンしました。


大変だったこと
起業してからも変わらず大変なことの一つは、集客です。一般的にカフェや飲食店の商圏は半径1〜2km程度とされていますが、お店は住宅や自然に囲まれた場所にあるため、来店につながる範囲はどうしても限られてしまいます。 ただ、この土地だからこそ生まれる価値もあります。地区の町内会長さんは常連の一人で、毎年の新年会や総会もこのお店で開かれるようになりました。こうした地域のつながりが感じられる場所だからこそ、人と人との距離が自然と縮まり、ここにいるとほっとできるような空気が生まれていると感じています。
そして二つ目は、労働時間です。経費を抑えるためにも人は雇わず、仕込みからお店の切り盛り、片付け、情報発信など、運営の多くをひとりで担っています。気づけば、1日の労働時間が16時間近くになることも珍しくありません。だからこそ、体調管理には気をつけています。体が資本だと考え、1年半かけて約15キロのダイエットにも取り組みました。できるだけ無理なく続けていけるように、自分なりのペースを大切にしています。
また、2022年にISICOのビジネスプランコンテストで地域活性化賞を受賞したときは、ちょうど夜間の調理師学校に通っている頃でした。事業計画については、環境問題に関心のある妻が中心となり、生ごみを堆肥化するコンポスト事業などのアイデアも取り入れながら、ISICOの担当者の方とやりとりを重ねてブラッシュアップしていきました。妻は当時、第二子の出産を間近に控えていたため、発表は私が担当し、妻は録画での出演となりました。発表の練習は、上の子が寝静まったあと、ふたりで声をひそめながら行いました。発表当日は緊張しましたが、ビジネスプランへの応募が初めてだった私たちにとって、改めて事業内容を見つめ直す貴重な経験となりました。
コンセプト・強み
私たちが目指しているのは、このお店が第二の実家と感じてもらえるような、誰もが安心して過ごせる場所になることです。お店の名前である「ばるじぇの/暮らしのうまみ醸造所」は、心もお腹も満たしてもらいたい、という思いが込められています。「ばる」は、スペインに留学していた妻が、現地で人々が気軽に立ち寄れる場所として親しんでいた「バル」に由来し、「じぇの」は、スペイン語で「Full(いっぱい)」を意味します。このお店に来てくれた人にとって記憶に残る場所でありたいと思っています。
現在開催しているイベントの中には、お客様のやりたいことから生まれたものもあります。夜に開催しているジャズイベントも、ジャズ奏者さんのひと言がきっかけで始まりました。町家とジャズの相性が良く、奏者との距離感も近いことから、毎回好評を得ています。
また、共同農園の企画には、現在13組の家族が参加しています。野菜の栽培・収穫はもちろん、堆肥づくりや畑環境の改良、育てた野菜を使ったレシピを共有し合うなど。野菜を育てて、食べて、残った生ごみを堆肥にし、また野菜を育てる、という循環を少しずつ実現させていっています。
一人ではなく、みんなで取り組むことでできることが広がり、楽しみながら続けていける。そんな妻の想いから生まれた活動です。 こうした取り組みを通して、何気ない日常に少しでもうまみを感じてもらえたらと思っています。

やりがい
実家のようにリラックスして利用してくださるお客様の姿を見ると、とても嬉しく感じます。2回、3回と何度もお顔を見ると、気に入ってもらえているんだなと実感できて励みになります。お客様の中には「漫才に出てみないか」と誘われたこともありました。今では一緒に飲みに行くこともあり、お客様との関係が少しずつ深まっていることにもやりがいを感じますね。
共同農園は妻が主体となって行っていますが、参加した方からは、「土に触れるのは本当に気持ちよかったし、違う世代の人に触れるのも刺激的だった」「毎月会う日があったので、子どもの人見知りが少しずつなくなっていったように感じる」「種をまけば野菜ができるわけじゃないことなど、実際にやってみて分かったことがたくさんあった」といった感想をいただきました。試行錯誤しながらも「失敗は学びだ」として、ひとりではできないことも、みんなで取り組むことで少しずつ形になっていく姿が、妻にとっても大きなやりがいとなっています。

今後の展開
大きな野望としては、より広がりのあるコミュニティづくりに取り組んでいきたいと考えています。たとえばアパート一棟をまるごと使ったシェアハウスをすることです。日常のちょっとした会話や、困ったときには助け合うなど、年代や国籍問わずに人と人とがつながる場をつくっていけたらと思います。
また、将来的には民泊もしてみたいですね。今後は、地域の人たちと、ここを訪れる人たちがつながれる機会を生み出す「ハブ」のような存在として、「この町は良い町だ」と感じてもらえるような場所にしていきたいです。
message/ 女性先輩起業家からのメッセージ
大切なことは、自分の中で軸となるルールを決めておくことだと思います。起業する前から決めている私のルールは、「自分が楽しくないことはしない」ということです。これまでさまざまなイベントを開催してきましたが、一度やってみて自分が楽しくないと感じたことは、無理に続けないようにしています。
また、起業すること自体がゴールになってしまっている人も少なくありません。もし今の環境やしがらみがすべてなくなったとしたら、自分は本当に何をしたいのか、何を目的にするのかを一度じっくり考えることが大切だと思います。そのうえで、それをどうやって売上や利益につなげていくのか、どうすれば支出を抑えられるのかといった手段も、しっかり考えていくことが必要です。 自分の本当にやりたいことを見つめ直しながら、一歩ずつ形にしていくことが大切だと思います。

さあ、
あなたの挑戦を
始めませんか?
私たちと一緒に、「最初の一歩」を
踏み出しましょう。